インド 旅行記 ボランティア
 

インド旅行記&海外ボランティア活動日記

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その他の宗教ーイスラム教

イスラム教はインドの宗教の13%を占めるヒンドゥーに次ぐ、メジャーな宗教です。(13%っていっても人口が10億人超えているので1億3000万人、日本の全人口とほぼ同じくらいの人数がいます)
ここではそもそもイスラム教って何なのかっていうことと、インドにおいてのイスラム教の説明をしときます。

イスラム教


イスラム教とは、預言者ムハンマドによって7世紀ごろアラビア半島のメッカで始まったイスラム教は、アッラーを唯一神とする一神教です。。服装も独特で、厳格な地域に行くと男性はトルコ帽をかぶり、女性はチャードルというスカーフみたいなやつで頭を覆い、たまにブルカという全身真っ黒な服を着ています。
国でいうと、一番有名なのが、カーバ神殿のある、サウジアラビアでその他イラン、イラク、トルコ、シリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナ、オマーン、イエメン、パキスタンなど、まぁいわゆる西アジア、いわゆるアラビアの国々、カザフスタン、タジキスタンなどの旧ソ連の中央アジア、モロッコ、エジプト、アルジェリアなどの北アフリカ、インドネシア、マレーシアなどの東アジア、などです。
特徴としては①偶像崇拝の禁止、どこの国のどこのモスクにいっても偶像がまったくない簡素なつくりです。②礼拝、時間が来ると、アザーン(イスラム教の礼拝時の音楽?)が流れ、モスクで祈りが始まります。大人数だと見ててすごい楽しいです。③ラマダン(断食)、見たこともやったこともないですけど・・まぁ、他にもいっぱいあるんですけど、こんくらいで。
まぁ、日本ではあんまりなじみない(というか危険という誤解が思いっきり通ってる・・・)宗教です

イスラム教の侵入


インドへのイスラムの侵入が行われたのは、13世紀のデリー・スルタン朝の時代です。その後のムガル帝国によって、本格的にイスラムの影響が北インドに入ってきます。ムガル帝国はインドを支配するにあたって、時にはヒンドゥーと融和し、時には争い、インドにイスラム教を浸透させていきます。中でも3代皇帝アクバルは比較的ヒンドゥーに対して寛容であったのに対し、5代皇帝アウラングゼーブ帝は厳格なイスラム教徒でヒンドゥー教徒に対して厳しい態度をとっていきます。デリーの近くにあるマトゥラーという街にはクリシュナの生誕の地にアウラングゼーブが建てたモスクがあります。
また、このムガル帝国時代にたくさんのイスラム建築が建てられ、アーグラーのタージマハルやデリーのラールキラー、ジャマーマスジッド、などが現在も有名な観光地です。ちなみにイスラム教は北インドにしか侵入しておらず、南インドでは独自の文化になっていたため、現在でも南インド、特にタミルナドゥー州ではイスラム色が全くない独特の雰囲気になっています。

戦後


第2次世界大戦後、インドはイギリスから独立しますが、このときにヒンドゥー教とイスラム教の中で争いがおき、収拾がつかなくなります。そこでイスラム教徒が独自の国をつくりパキスタンとして分離独立します。さらに北部カシミール地方では王様がヒンドゥー教徒なのに、住民のほとんどがイスラム教徒だったため、パキスタンが軍事介入し、それをインドが追撃するという事態に発展し、今でも両国が領有を争っている状態でなかなか旅行がしにくいです。(行った人に聞くとめちゃめちゃ綺麗なところらしいけど)ちなみにインドの東側にあるイスラム地域が東パキスタンとして独立し、これが現在のバングラディシュになってます。

というわけで、現在インド・パキスタンが争っているのも、イスラムとヒンドゥーの争いだし、インド国内でもごくたまにモスクやヒンドゥー寺院が襲われるなど宗教上の争いがあります。。。悲しいっすね

イスラム教の建物(パキスタンのバードシャヒーモスク)
DSCN0723.jpg

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