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インド旅行記&海外ボランティア活動日記

インドの歴史4-マウリア朝の成立、各国分裂

マウリア朝


チャンドラグプタによってインドで最初の統一王朝、マウリヤ朝が成立しました。チャンドラグプタは前3年頃、アレクサンドロスの死後、シリアを引き継いだセレウコス朝がインドに侵入してきたのを迎え撃っています。強い王朝っすね。
このマウリア朝は紀元前3世紀のアショーカ王の時代に南方のカリンガ国への遠征をおこない、これを滅ぼすと、南端部をのぞくインド亜大陸の全域を支配し、秦やローマ帝国と並ぶ古代帝国になります。
アショーカ王ははじめ暴君で民衆から恐れられてましたが、カリンガ国の遠征後、仏教へ改宗して善政をしいていたそうです。
そして、今のところ良くわかってないのですが、マウリア朝はアショーカ王の死後より弱体化が進み、紀元前2世紀後半に滅亡します。

クシャーナ朝


マウリヤ朝の滅亡後、中央アジアの大月氏から自立したクシャーナ朝が1世紀後半インダス川流域に進出し、ペシャーワル(今のパキスタン西部)を都として成立、今でいうと北、西インド、パキスタン、アフガニスタン、タジキスタン、キルギスタン、中華人民共和国新疆ウイグル自治区あたりの南アジアから中央アジア全域です。
クシャーナ朝は2世紀のカニシカ王のもとで最盛期を迎えます。カニシカ王は東に遠征を行い、パータリプトラ(現在のパトナー)やカトマンズ、ベンガル地方まで勢力を拡大します。また、仏教を保護し、この時代に仏像が作られるようになります。
クシャーナ朝は、中国とペルシア、ローマをむすぶ内陸の要地を抑えており、文明の十字路としての役割を果たしたことで有名です。いわゆるシルクロードっすね。そしてギリシアと仏教文化が結びつき、有名なガンダーラ美術が生まれます。パキスタンのガンダーラはちょっとわかんないですけど、インドのマトゥラーにこの時代の仏教博物館みたいなのがあります。
カニシカ王の死後、3世紀ごろ、ヴァースデーヴァ1世が王になりますが、この時、3世紀にササン朝ペルシアのシャープール1世による遠征で滅亡し、インド全域が各国分裂し戦国時代みたいになります。

南インド


今のクシャーナ朝は北インドの話で、そのころ南インドはどうなってるかというと、2世紀頃、デカン高原のアーンドラ朝をはじめとする諸王朝がローマ帝国との貿易で繁栄していました。
南インドではローマ帝国時代の金貨が大量に出土しており、当時の交易がきわめて活発であったことがわかってます。逆にインドからは綿織物や胡椒が輸出されていました。
また、北インドの文化が広がり、仏教が広がっていきます。

大乗仏教とヒンドゥー教の形成


西暦1世紀はじめには大乗仏教がおこります。
現代の大乗仏教は、アフガニスタンから中央アジアを経由して、中国、朝鮮半島、日本へ伝播したものです。今の日本の仏教の元はやっぱりインドなんですね。

ヒンドゥー教の形成


あとこの時代、バラモン教と民間の土着宗教がミックスされ、ヒンドゥー教のもとが形成されてきます。マハーバーラタとラーマーヤナの二大叙事詩が作られ、特にマハーバーラタはインドだけでなく東南アジアにも広がっていきました。アンコールトムなども影響を受けてます。そしてインドラ・アグニなどのヴェーダの神々への信仰は衰え、シヴァ、ヴィシュヌといった今のインドで超超メジャーな神々が讃えられるようになります。

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