インド 旅行記 ボランティア
 

インド旅行記&海外ボランティア活動日記

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インドの歴史7-南インドの諸王朝

その頃の南インドの話です。

ヴァルダハルシャナのヴァルダナ朝も、南インドのチャールキヤ朝を破ることはできず、南インド進出はできませんでした。
6世紀から8世紀、チャールキヤ朝には、プラケーシン2世やヴィクラマディーティヤ2世などが、ヒンドゥー教を保護し、ヒンドゥー建築が盛り上がります。

チャールキヤ朝から南、(今のタミルナドゥー州)のタミル人王朝パッラヴァ朝の建築はかなり高水準
だったらしいです。有名なのはマハーバリプラムの建造物群、海岸寺院とファイブラタっすね。パッラヴァ朝もさらに南方にあったパーンディヤ朝と抗争し、最終的にはチョーラ朝(タミルナドゥー州のタンジャヴールが都)によって滅ぼされます。

この時のパッラヴァ朝の技術はヴィクラマディーティヤ2世によってチャールキヤ朝に伝えられ、バーダーミやパッタダカルに数多くの寺院が生まれていきます。パッダカルの遺跡は今でも残っていて結構いいらしいです。行ってないけど・・

チャールキヤ朝は封臣の1人であったダンティドウルガに王位を追われ滅亡し、ダンティドウルガはラーシュトラクータ朝を創始しました。ダンティドウルガには子がなかったため、叔父のクリシュナ1世が継ぎ、エローラ石窟群のカイラーサナータ寺院を建設します。エローラは1回で作られたものではなく、何世紀もかけて作られてるんですね。何度もいいますが、エローラ遺跡はやっばいです。

まぁ、北も南も戦国時代っすね。

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