インド 旅行記 ボランティア
 

インド旅行記&海外ボランティア活動日記

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インドの歴史8-イスラム教の侵入とデリースルタン朝

まぁ、北も南も戦国時代でぐちゃぐちゃしている中、イスラム勢力が入ってさらにわけがわからなくなります。

10世紀後半には、中央アジアにあったイラン系のサマン朝のマムルーク(イスラム世界における奴隷軍人)であったアルプテギンがアフガニスタンにガズナ朝を建て、北インドへ侵入、パンジャーブ地方を領有します。

ガズナ朝を滅ぼしたゴール朝も北インドに進出し、統治を図って北インドのラージプート諸王国と戦います。結果はラージプートのぼろ負けで、ゴール朝のアイバクは、1206年にデリー(今のインドの首都デリーっすね)に都をおいて奴隷王朝を建てます。これより約300年間、奴隷王朝、ハルジー朝、トゥグルク朝、サイイド朝、ロディー朝のムスリムの五王朝が交代で統治するデリースルタン朝時代になります。ちなみにスルタンというのはイスラムの君主という意味です。

五王朝は北インドをどんどんと支配し、14世紀初頭のハルジー朝と14世紀前半のトゥグルク朝は、南インドのデカン高原まで遠征し、一時は全インドを統一するところまでいきます。

このときに多数のイスラム教徒がインドに入ってきており、イスラム化が進んでいきますが、当然住民はみんなヒンドゥーです。イスラム改宗が強制されることはなかったみたいですけど、スーフィー(イスラム神秘主義者)の活動があったりして、徐々にイスラム教が普及していきます。

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