インド 旅行記 ボランティア
 

インド旅行記&海外ボランティア活動日記

インドの歴史11-ヨーロッパ勢力の本格的な進出

貿易が進んでいく中で、インド産の綿布がヨーロッパに持ち込まれると、大流行となり、各国は対インド貿易を重視していきます。

その中で英蘭戦争が勃発し、オランダの国力が衰えると、オランダはインドでの拠点を失います。ちなみに北米地方の植民地でも拠点を失い、ニューアムステルダムがイギリスに割譲され、ニューヨークと名前を改めます。これがあの有名なニューヨークシティっすね。関係ないけど・・まぁいいや

イギリスはチェンナイに続き、1661年ムンバイをポルトガルから獲得、1690年コルカタを獲得します。
その一方でフランスもインド進出を図り、1674年にポンディチェリー(今の南インドの連邦直轄領のポンディチェリー、チェンナイからバスで4時間)を獲得します。インドでもイギリスとフランスは抗争を続け、1757年、ベンガル地方のプラッシーで、イギリス東インド会社がベンガル(今のバングラディシュとコルカタの辺り)太守軍とフランス東インド会社の連合軍を打ち破り、インド植民地においてのイギリスの覇権が確立します。これがプラッシーの戦いっすね。

で、ここからはインドにおいてはイギリスの独壇場っすね。ハイデラバード藩王国(アンドラプラデーシュ州ハイデラバード)、マイソール藩王国(カルナータカ州マイソール)などの現地のインドの藩王国(ラージプート)と戦争して次々と領有権を奪っていきます。

19世紀にはいると、イギリス東インド会社は茶、アヘン、インディゴなどのプランテーションを拡大し、19世紀後半に製品を迅速に本国やほかのインドの地域に運ぶため、インドで鉄道を建設していきます。もうイギリスいけいけっすね。ちなみに今もインドの列車にはExpressとは別にMailという特急列車がありますが、これはイギリス人が手紙を運ぶのに使った列車という意味で今はとくに違いはないです。

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